レディ・パンプキンの挑戦(3) | ||
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「制限時間まで三十分を切りました!」 明るい声でレディ・パンプキンが叫んだ。 「人皮の中身は、精神体となっております。結界術とは大変に相性が悪いと思われますので、御覚悟ください!」 「く……そっ!」 さすがに三時間ほども走り回っているせいで、息が切れている。 そんな良守に、彼よりもよほど効率的に動いていた時音が声を掛けた。 「良守、精神体のあやかしっていえば…………」 「解ってる!」 思い出すのは邪煉とかいうヤツだ。 確かに、ヤツは結界術との相性は最悪だった。あんなのが出てきたら、自分たちだけでは対応しきれないかもしれない。 だが…………。 「良守」 「ヒントなんて、聞いてない!」 先回りして叫ぶと、呆れたような溜息の後で時音が続けた。 「なんでそんなに正守さんに頼りたくないの? 単にアドバイス貰うだけじゃない」 「…………っ!」 言えない。言えるはずがない。 実の兄に性的悪戯を受けているなんて。 兄に憧れている時音はショックを受けるだろう。それより何より、そんなことを自分がされていると時音に知られるのはどうしても嫌だった。 それが始まったのは、数ヶ月前のこと。 烏森から帰り、風呂に入って部屋に戻る。いつものことだったが、その日は違っていた。帰省していた兄が、部屋で待っていたのだ。 また説教かと思ったとたんに疲れがドッと出てきて、話しかけてきた兄を無視して布団を敷き、そのまま寝ようとしたのだ。 振り返って考えれば、確かに自分のやったことは良くなかったと思う。待ちかまえてまで話そうとしていたのだ。たぶん、かなり重要な話だったのだろう。 それを無視されたら、自分だって腹を立てる。立てるだろうが…………。 だからと言って、実の弟にあんなことをするだろうか? いや、しないはずだ、普通は! 「良守……」 頑なな良守の様子に溜息をついて、時音はともかく譲歩することにした。 なにせ、時間がないのだ。 「正守さんを頼りたくないなら、私たち二人で考えよう」 「…………時音」 「やみくもにアクセサリーを滅していっても、仕方ない。時間がないんだから」 「……本当に何も聞いてないんだ。言われたことは全部教えた」 「もう一回、最初から全部言ってみて。聞き逃してることがあるかもしれないし」 宥めるような時音の言葉に頷き、良守が口を開いた。 「まず、名前を名乗って、俺が誰かを確認した」 「うん」 「自分が人皮を被ったあやかしだと言って、アクセサリーの一つがウィークポイントだと言った」 「うん」 「日付が変わるまでにウィークポイントを滅しないと、人皮を破って中身が出てくるって……その中身が精神体だっていうのは、さっき言ってたよな」 「それは私も聞いた」 頷いている時音に、良守がふてくされたように続ける。 「な? 別にヒントなんてないだろ?」 「名前は?」 不意に聞こえてきた声に、文字通り良守が飛び上がる。 「なっ! 盗み聞きしてたのかよっ!」 「今はそんなことを言っている状況じゃないだろう? あやかしにとって名前というのは重要なものだ。それが本質を現していることも稀ではない」 それに、吐き捨てるように「けっ」と答えて、良守が呟く。 「確かに、見たまんまの名前だよ」 「良守」 少し声音を厳しくした正守に、慌てて時音が答えた。 「レディ・パンプキンです! そう名乗っていたと聞きました」 「レディ・パンプキン?」 驚いたように繰り返した正守に、良守がふてくされたように頷いている。 それを見て、正守はわざとらしいほどに大きな溜息をついてみせた。 「時音ちゃんは良守と休んでて。三時間も走りっぱなしで疲れたろ?」 「え? ウィークポイント解ったんですか?」 「簡単すぎて気が抜けるくらい立派なヒントだったよ」 「…………っ!」 ギョッとしたような顔で自分を見上げてくる弟に軽く手を振り、カボチャ頭の方に移動しようとした正守の腕を「待てよ!」と叫んで良守が掴む。 「俺がやる!」 「やるって……ウィークポイント解ってないんだろ?」 「うっ!」 「もしかして、俺から答えを聞こうと思ってる?」 わざとらしく尋ねてきた兄に、良守が顔を引きつらせる。 そんな二人の傍らで、時音がポンと手を叩いた。 「解りました!」 「さすが時音ちゃん」 「え? え? え?」 訳が解らずにオロオロと二人を見比べている良守をよそに、正守と時音は話を続けている。 「もう時間もないことだし、彼女は俺がやるよ。烏森は、これからが本番の時間なんだし。それで、いいよね?」 「はい。お願いします」 「ちょ、ちょっと待てよ! 勝手に決めるなっ!」 「悪いけど、そこの駄々っ子を頼むよ」 「はい」 「待てって言ってるだろ! って、駄々っ子って俺のことかっっっ!」 じたじたと手足を動かしているが、時音に首根っこを掴まれているせいで一歩も前に進めない。身長差を強く感じさせる屈辱的な状況に、ガクリと良守がうなだれた。 そんな彼から手を離し、時音が声音を厳しくして続ける。 「正守さんの言ってること、正しいでしょ。烏森が騒がしくなるのは、これからなんだし。彼女のせいで既に三時間以上走り回されたんだから、休んでたほうがいい」 「…………」 「だいたい、もっと早くに彼女の名前を正守さんに教えていたら、何時間も走り回る必要なかったでしょ?」 それはそうかもしれないが、まさか名前がヒントになってるなんて思いも寄らなかったのだ。 「あれ、どういう意味だよ?」 「あれ?」 「名前がウィークポイントのヒントになってるって」 「ああ、あれ」 ふぅと大きな溜息をついて、時音はちょっと遠い目になった。 「パンプキンを日本語で言うと?」 「は? カボチャだろ?」 「うん。確かにカボチャなんだけど……別の呼び方知ってる?」 「カボチャの別の呼び方?」 訳が解らないという顔をした良守に、時音は何とも嫌そうに視線を逸らせながら続けた。 「『なんきん』って言うのよ」 「ナンキン?」 「そう。そして、レディは令嬢って意味でしょ? 翻訳文学なんかだと、○○嬢って書かれてること多いから、彼女の名前を直訳すると…………」 「ナンキン嬢?」 ストレートに呟き、良守はようやく理解したという顔になった。 「南京錠!」 「あた〜り〜」 良守の理解を待っていたわけでもないのだろうが、離れたところからレディ・パンプキンの叫び声が響いてくる。 どうやら、兄は無事に彼女のアクセサリーの中から南京錠を見つけて破壊することができたらしい。 「そんなのアリかよ……」 あまりにあまりの成り行きに全身から力が抜け、良守はガクリと膝を付いたのだった。 |
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2007年ハロウィン記念 |