レディ・パンプキンの挑戦(2)
「結! 結! 結! 結っ!」

 術の速さも正確さも随分上がっているようだ。
 烏森の上空から様子を窺いながら、正守は素直に感心した。

 天才肌というか、ある瞬間に一気に成長を見せる良守は、こうやって思いもよらぬ進歩ぶりを見せつけて、こちらを驚かせてくれる。
 だが、良守の結界術の腕がいくら上がっていようとも、今回ばかりはどうしようもなかったらしい。
 烏森を見張らせている部下から報告があったカボチャ頭の妖気のない妖怪(?)は、軽々と仕掛けられた結界を飛び越え、あるいは切り裂き、悠然と烏森の地を走り回っている。

「……遊ばれているって感じだな」

 烏森の力を借りて進化するために逃げ回っているという感じではない。あのカボチャ頭は、良守のレベルに合わせて行動している。
 そのこともまた、弟にとってはやりにくい原因なんだろうな。と、正守は思った。

 強敵であればあるほど力を出すタイプの良守は、あんなふうに力も見せず、目的も解らない相手は苦手なのだろう。
 だが、ともかくも何の益にもならない攻撃を繰り返しているというわけでもないようだ。カボチャ頭は良守の結界を易々と切り裂いてはいくものの、その瞬間はさすがにスピードが落ちる。と言っても、僅かばかりだが。
 だが、僅かなその隙を時音は正確に狙うことができるらしい。

「滅!」

 気合いの籠もった声と同時に、カボチャ頭の一部分が滅されたのが解った。
 しかし、正守が見るに滅されたのは本当に小さい部分らしい。確かに、ある程度の大きさの結界は切り裂かれてしまうのだろうが、あんなに小刻みに滅していって何になるのか?
 そう思いながら首を傾げた正守の耳に、「はず〜れ〜」という間抜けな声が届いた。

「…………何なんだ、いったい?」

 これでは、まるでゲームではないか。
 眉を顰めながら降下する。良守のところに行っても、たぶんまともな話にはならないだろうから、まっすぐに時音のところへだ。

「時音ちゃん」
「正守さん!」
『まっさん、いいところに!』

 呼びかけると、喜色満面という顔で時音と白尾が振り向いた。

「妙なあやかしが出たって聞いて来たんだけど」
「ええと…………」
「何しに来た!」

 説明しようと口を開いた時音の声に被せるように、叫び声が響く。
 時音の近くに兄がいることが気に入らないのだろう。必死の形相で走り寄ってくる良守に、心配されている当の本人が顔を蹙めた。

「良守! 私たちだけじゃ手詰まりなんだから、文句言うんじゃない!」
「で、でも……」
「実はですね」

 抗弁しようとした良守をあっさりと無視して、時音が正守に向き直った。
 それにショックを受けたのか地面にのの字を描き始めた良守を横目で見ながら、正守は説明に耳を傾ける。

「どうも、あのあやかし人皮を被っているみたいなんです」
「人皮?」
「はい。当人……っていうか、彼女がそう言ってたみたいで」
「時音ちゃんは聞いてないんだ?」
「最初、人間だと思ったんです。今日はハロウィンなので、仮装かなって。でも、夜の烏森に入られるのは困るので説得しようと思ったら、彼女、良守の方に走っていっちゃって」

 その台詞に、正守が眉を顰めた。

「良守を狙っていたということかな?」
「狙っていたというと何かちょっと違うような気がするんですが……ともかく、彼女は事の次第を良守にだけ説明したんです。自分は人皮を被ったあやかしで、日付が変わると人皮が破れて中に入っているあやかしが出てくるので、それまでにウィークポイントを突いて倒してみせろ。そのウィークポイントは、服やブーツに着いてるアクセサリーの中の一つだ。って」
「…………まるでゲームだな」
「はい。ゲームだって言ってました。彼女自身の意思じゃなく、誰かにやらされてるって感じがします」

 人皮。良守だけに説明。そしてゲーム感覚…………何となく、ある人物を思い出させるのは気のせいだろうか?

「心当たりがあるのかよ?」

 不意に掛けられた声に視線を落とすと、ヤンキー座りをした弟がジトッと表現するのが相応しいだろう目でこっちを見上げていた。
 他の人間の目にはきっと可愛くなく写るだろうその顔や態度がひどく愛おしく感じられる自分は、もう行き着くところまで行き着いてしまったんだろうなぁ。というか、良守にこんな態度をされて、それを可愛いと思うような人間がいたら……いや、その相手がたとえ土地神だったとしても、即抹殺だが。
 そんなことを考えながらも表情には出さずに、正守が答える。

「俺の仮説が正しければ、あのカボチャ頭を作ってこの地に送ってきた人物はもう死んでいる」

 正確に言えば「死んだことになっている」だが、それは言うわけにはいかない。
 こんな悪戯を仕掛けてきたからには、もしかしたら松戸自身は生きていることがバレても構わないと思っているのかもしれないが、約束は約束だ。
 そう思いながらの答えに、与えられた情報を噛みしめるように頷きながら時音が呟いた。

「人物ってことは……人間なんですね?」
「ああ。その人物は、ウチのお祖父さんに人皮の分析を頼まれていた大学教授で……何というかかなり変わった人だった。人皮はかなり厳しく管理されていたから、他に流れる可能性は低い。もちろん黒芒楼から他のあやかしに流れたという可能性は否定できないが……」

 そこで一度言葉を切った正守は、立ち止まってこちらを伺い見ているカボチャ頭を見遣った。

「やり方から見て、あやかしが仕掛けたとは考えにくい。あやかしは欲望に忠実で、あまり回り道を好まない。こういう手の込んだ楽しみ方をするのは人間だと思う」
「……『思う』とか『たぶん』とか、全部当てずっぽうじゃねぇか」

 ポソリと良守が呟いたが、ただの憎まれ口だと解っていたから無視して続ける。

「彼はあやかしをたくさん使役していたし、その一体を使ってアレを作るくらいは簡単にやってのける人物だった。彼が仕掛け人だという可能性は高いと思う」

 その説明にしばらく考えた後で、「でも」と時音が呟いた。

「普通、使役している人間が死んだら、あやかしは逃げるんじゃありません?」

 まさしくその通りなのだが、素知らぬふりで続ける。

「確かに普通はそうなんだが、特別な条件付けをしていたのなら話は変わってくる。彼が死ぬ前にアレを作って、この日に烏森にちょっかいを出せとその時点で命じていたのなら、主が死んでいたとしても、人皮の中のあやかしは命令を遵守する可能性が高い。作られたその時に、契約が完了しているということになるからね」
「なるほど」
「それで? じじいの知り合いが作ったって解ったからって何になるんだよ?」

 頷いている時音を見ながら、ぶすくれた口調で良守が尋ねてきた。
 確かに松戸が関わっていると予想したとしても、さほど情報量が増えたとはいえない。彼があやかしを使役していたことは解っていても、どんなあやかしをどんなふうに操っていたのか知っているわけではないからだ。
 だが…………。

「お祖父さんの友だちと言ったろう? そんな人物が作ったモノがおまえに悪戯を仕掛けてきているということは、そんなに意地悪な謎かけはしていないはずだ」
「はぁ?」
「カボチャ頭のアクセサリーの中の一つを滅すればクリアなんだろう? だが、その総てを滅して確かめろなんて労力の伴う謎掛けはしないだろうって言ってるんだよ。どれを狙えばいいのか、ちゃんとヒントは出ているはずだ」
「そんなの聞いた記憶ねぇよ!」

 話を聞いていて損をした。
 そう思っていることがあからさまに解る顔で言って、良守が立ち上がる。

「日付が変わるまで時間がないんだ。行こうぜ、時音」
「ちょっと待ちなさい、良守!」

 慌てて時音が止めようとするが、良守はというと後も見ずに走り出してしまう。

「まったく、もう! ごめんなさい、正守さん」
「いいよ、いいよ。時音ちゃんは良守に付き合ってあげて。俺は、アレの攻略法を考えつつ、この隙に他のあやかしが入ってこないよう見張ってるから」
「はい」

 頷いて走り去った時音の背を見送った後、正守は張った結界を伝って上空へと駆け上った。
 いつものごとく烏森の様子が良く見える場所に陣取り、正守は考える。
 確実にヒントは出ているはずだ。松戸は確かに変人ではあるが、意地が悪いタイプではない。
 たぶん、良守が気付いていないだけだ。

 だが、聞き出そうにも、弟が素直に答えるとはとても思えない。自分が出しているちょっかいを嫌がらせだと固く信じている彼は、今までにも増して自分を疎んじている。
 これは良守が折れてくるのを待つしかないだろう。
 もしかしたら、偶然に時音がウィークポイントを滅する可能性もあるが、あれだけ大量にアクセサリーが付いていれば、その可能性は薄そうだ。

 凄く嫌そうな顔で、それでも助力を頼んでくる弟の顔を想像するだけで楽しくて仕方ない自分の歪みっぷりに苦笑しながら、正守は烏森を見下ろす。
 広いそこを、カボチャ頭を追いかけて良守は必死に走り回っていた。
2007年ハロウィン記念