レディ・パンプキンの挑戦(1) | ||
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その日、まだ夕飯時だというのに烏森に侵入者の気配を感じて慌てて出向いた良守と時音は、校門まで数メートルというところで慌てて立ち止まった。 校門のところに、誰かが立っているのが見えたからだ。 確かにこの時間帯なら、忘れ物を取りに来る生徒がいてもおかしくはない。おかしくはないのだが…………。 「あの人、私にはカボチャ被ってるように見えるんだけど?」 『確かに。カボチャと人間の匂いがするぜ、ハニー』 雪村家の一人と一匹の会話に、思い当たったというように良守が呟く。 「……そういや、今日はハロウィンか」 『はろうぃん? 何だいそりゃ?』 斑尾の疑問に、白尾が馬鹿にしたように答えた。 『いやだねぇ、時代遅れの妖犬は。ハロウィンってのは、西洋のお盆みたいなもので、先祖が帰ってくるって言われてる日のことさ』 『はぁ? 何でこんな季節にお盆なんてやるんだい? だいたい、ここは日本じゃないか。それに、キュウリやナスじゃあるまいし、カボチャと先祖が帰ってくることのどこに関係があるんだい?』 『え? あれ……う〜ん…………』 詳しいことはさすがに知らないのか、唸ってしまった白尾の代わりに時音が口を開く。 「なんでカボチャなのかは私も知らないけど、ともかくハロウィンっていえば中身をくり抜いたカボチャを飾るのが決まりみたい。あと、ここは日本なのにどうしてっていうのは……まあ、クリスマスみたいなものかな。別に信じてなくても、お祭りとして取り入れてしまったって感じ? ハロウィンって仮装するものらしいから、日本じゃそっちがメインなんだと思う」 『仮装?』 「西洋の妖怪の仮装するのが慣わしみたいよ」 『ああ。あるねぇ、そういう祭り。より強いあやかしのふりして、あやかしが近づかないようにしようってヤツだな、ハニー』 「たぶんね」 時音と妖犬二匹の話を黙って聞いていた良守が、不意にポンと手を叩いた。 「じゃあ、大丈夫だな」 「……大丈夫って何が?」 「この格好のまま、あの人に近づいても」 良守の台詞に、時音が微妙に顔を引きつらせながら「そうね」と答える。 結界師としての自分に誇りを持っている彼女にしてみれば、法衣を仮装と言い抜けることに関して内心忸怩たるものがあるのだろう。 だが、この服装が一般的かと聞かれると、当然ながらそんなことはありえない。ハロウィンで仮装していると言った方がいいという良守の意見は、確かに正しい。 「解った。じゃあ、私が話をするわ」 「え?」 「たぶんだけど、女性みたいだし」 その言葉に目を凝らす。 頭部のカボチャがあまりに衝撃的だったので首から下にはほとんど視線が行ってなかったのだが、確かに、その人物はスカートをはいているようだ。 あの仮装でわざわざ女装する必要性はまったくなさそうなので、たぶん女性なのだろう。 それにしても、妖犬がカボチャの匂いがすると言ったということは、本物のカボチャを被っているのだろうが……あんなものを被って平気なのだろうが? 普通に考えて、匂うだろうし、蒸れもするような…………。 と、そこまで考えたところに時音の悲鳴のような声が響いてくる。 「ちょっと待ちなさい! 良守、そっちに……っ!」 「へ?」 顔を上げると、いつの間に近づいてきていたのか、校門のところにいたはずの人物は良守の目前に立っていた。 明るいオレンジ色のカボチャは、つり上がった三角形の両目に鼻、ギザギザの口と、実にポピュラーな形に穴が開けられている。 けっこう大きな穴なのに、いくら夜とはいえ中にどんな顔が隠れているのか見えないのは不思議だなと思いながら、良守はその人物の観察を続けた。 着ているのは、オレンジ色の長袖のシンプルなワンピース……らしい。 確信が持てなかったのは、ワンピースだけじゃなく履いているロングブーツにまでも、いろいろなアクセサリー(?)が所狭しと付けられていて、服の地の色やデザインが今ひとつはっきりとしなかったからだ。 いくら仮装とはいえ、異様すぎる。 そんなふうに思っていた良守の耳に、くぐもった声が響いた。 「私は、レディ・パンプキン。あなたが、墨村良守ですね?」 「あ、ああ」 慌てて頷いた後で、なんで彼女は自分のことを知っているんだろうという至極当然の疑問に駆られた良守が眉を顰める。 そんな彼に、レディ・パンプキンと名乗った相手は淡々とした口調で続けた。 「対象確認。ルールを説明します」 「は?」 「服や靴に付けられたもののどれか一つが、私のウィークポイントです」 「…………?」 「それを狙って結界術で滅してください」 「ちょ、ちょっと待てよ! あんた、いったい……」 何を言われているのか理解できずに聞き返した良守の傍らで、不意に鼻を顰めた斑尾が叫んだ。 『良守! そいつ人間じゃないよっ!』 「なっ!」 『微かだが、妙な匂いがする!』 「結っ!」 ほとんど条件反射の勢いで良守は結界を張った。 この近さだ。当然ながら、レディ・パンプキンはあっさりと結界内に閉じこめられる。が、良守が何かを言おうとするより先に、彼女の腕が一閃した。 「…………っ!」 あっさりと切り刻まれた結界に、思わず顔を引きつらせた良守を気にした様子もなく、レディ・パンプキンが続ける。 「ただし、時間制限があります。日付が変わる前に私のウィークポイントを滅することができなければ、私を包んでいる人皮は溶けて崩れ、私の本体は烏森の地で大暴れすることになるでしょう」 「人…皮……だと! なんで、おまえがそれを!」 黒芒楼の技術だったそれを、どうして目前のこの存在が使っているのか。いったい彼女は何者なのか? その疑問に、だが、レディ・パンプキンは答えずに続けた。 「説明終了。ゲームエリアに移動後、ゲームを開始いたします」 その言葉と同時に、レディ・パンプキンが走り出す。 「ちょ……待てっ!」 慌てて追いかけた良守の視線の先で、時音が構えを取った。 どちやら、こちらの会話はある程度聞こえていたらしい。相手が人間でないのなら、遠慮する必要はないというところか。 次の瞬間、細い結界が槍のごとくにレディ・パンプキンに向けて放たれた。 が、彼女は走っているスピードに見合わぬ敏捷さでそれを避けてみせたのだ。 「なっ!」 「クリア条件をお守りください。私のウィークポイントを結界術を使って滅すること。それ以外の攻撃は避けさせていただきます」 ふわりと烏森の敷地内に立ち、レディ・パンプキンが宣言する。 それを聞いて、良守は頭を掻きむしった。 「あんた、いったい何がしたいんだよ!」 あれだけの敏捷性を持っているということは、たぶん向こうはこちらのレベルに合わせてスピード等を落としているのだろう。 なんでわざわざそんなことをするのか? 烏森の力で進化したいのならば、その敏捷性を活かして逃げ続ければいいだけのこと。邪魔な結界師である自分たちを排除したいのならば、攻撃を仕掛けてくればいい。 なのに、彼女はそのどちらもしようとはせず…………いったい何を考えているのか? だが、そんな良守の問いを今までと同様に彼女はあっさりと無視した。 「ゲームエリアに入りました。では、ゲーム開始の合図をさせていただきます」 そう言って一呼吸置いた彼女は、次の瞬間、高らかな笑い声を響かせて叫ぶ。 「『ホォッホッホッホッ! 捕まえてごらんなさい!』」 「…………」 「…………」 『…………』 『…………』 あまりのことに言葉を失ってしまった二人と二匹にむけてレディ・パンプキンはその重そうな頭を下げ、そして敷地内へと走り去っていったのだった。 |
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2007年ハロウィン記念 |