レディ・パンプキンの挑戦(序)
「加賀見くん」
「はい。何でしょう、先生?」

 歌うような口調で問い返してきた助手に、松戸は大きな溜息をついて呟いた。

「退屈だねぇ」
「はい」

 想い続けてきた女性の最後の望みを叶える。という人生最大の目標を達成してしまった松戸は、思いも掛けずに手に入れてしまった猶予期間を持て余していた。
 白沼を屠った時の達成感と虚無を抱いたまま死んでいれば、あるいは幸福だったのかもしれない。だが、平沼は生き延び、ただただ平和な日々を倦んだように続けている。

 もちろん、こんな時間がそう長くないことは解っている。
 ずいぶんと長く自分は生き、その間、異形なるものを研究することと使役するためにかなりの無茶を続けてきた。
 他者が見れば、残された時間はほんの僅かなのだろう。
 だが、松戸にしてみれば、無為に続く平和な時間はあまりにも長く、退屈は彼を蝕んで苦痛なほどだった。

 まあ、それも当然かもしれない。

 ずっと追い続けてきた仇を追い詰め、屠る。
 その計画と実行に命を賭けていた時間は高揚感に満ちていて、それに比べれば、どんな素晴らしい芸術や自然だろうと色褪せて見えるというものだ。

 松戸は刺激に飢えていた。
 そんな彼に、加賀見がにこやかに微笑む。

「私に良いアイデアがありますわ、先生」
「何だね、加賀見くん?」

 子どものように目を輝かせて尋ね返してきた松戸に、加賀見が天使のごとくに微笑んで呟く。

「もうすぐハロウィンですもの。ちょっとした悪戯をしてみたらいかがでしょう?」
「……悪戯? でも、僕はもう死んだことになってるからねぇ。正体を知られずにする悪戯なんて、つまらないと思わないかい?」
「ええ。ですから…………」

 そう言って続けた加賀見の説明に、一度はつまらなさそうになった松戸の表情が見る見るうちに明るくなる。

「それは面白いねぇ。確かに、あそこにはちょっと未練があったし」
「はい」
「手を出すのも調べるのも駄目とは言われてるけど……ハロウィンだしねぇ」
「ええ。ハロウィンですもの」

 そう言って、マッドサイエンティストと美女の皮を被った悪魔は、顔を見合わせて微笑み合った。
2007年ハロウィン記念