首輪(前)
 墨村良守は、二体の妖怪の主人である。
 一体は、四百年前から墨村家に仕えている妖犬・斑尾。
 本当の主人は間時守だけだと言って憚らないヤツだが、口ほどに良守に対する態度は悪くない。オスの犬に対してこう言うのも何だが、口うるさい姉のような気がする相手だ。
 本当はかなり力を持った妖怪なのだが、そのほとんどを封じられている。今は、烏森に侵入したあやかしの居場所を察知することと、その知識を結界師に教えることだけが仕事のようになっているが、けっこう楽しく暮らしているようだ。
 問題はもう一体で…………。

「なに、考えてる?」
「…そこ……でしゃ……べるなっ…………!」

 命じると、良守を主にしているもう一体の妖怪はふっと笑みを洩らした。
 その息の刺激で、良守が身を仰け反らせる。
 何度されても慣れない。恥ずかしくて泣きたくなるし、体中が蕩けてしまうんじゃないかと思うような刺激も耐え難い。
 なのにそれを許しているのは、存在するための糧として必要だと言われてしまったからだ。
 複雑な感情を抱いている相手ではあるが、死ねばいいなどと思っているわけではない。これをしなければ死ぬと言われれば、絶対に嫌だとは言えなかった。
 でも…………。

「…………っ!」

 先端を舌先で弄られたり、喉奥まで含まれて深く吸われたり、すぼめた唇でしごかれたり……初めての時はひとたまりもなかった。今だって、すぐに達してしまいそうなのに、根元を念糸で縛り上げられているせいでどうすることもできない。
 指を挿れられている後孔からは、ぐちゅぐちゅと濡れた音が響いている。
 慣れた指は良守が一番感じるところを的確に刺激していて、気が狂いそうな快感がひっきりなしに襲ってきていた。

「……も…もう…………っ!」

 口の中がからからで、言葉が喉に絡まる。
 でも、聞こえていないはずはない。なのに、しもべのはずの相手は主人の言葉を無視して、ただひたすらに快感を与えることに没頭している。

「…………も……いか…せ……てぇっっ!」

 涙が滲んだ声が、防音結界の中に響いた。
 その声に満足したのか、念糸が解かれる。同時に指が強くそこを刺激し、深く吸い上げられた。

「ひゃぁっっっ!」

 体中の力総てが、そこから奪われてしまったような気がする。
 なのに、総てを吐き出せというように更に啜りあげられ、僅かに残っていたものまでも吸い取られる。
 この時のエネルギーが糧になるという言葉が納得できるほどの脱力感。だが、これで終わりではない。
 その証拠に、後孔を探る指は増やされ、中を広げるように蠢いている。
 そこに顔を近づけられ、縁をなぞるように舌を這わされた。

「…………や……舐める……なぁっっ!」

 声は震えて弱々しい。が、明確な命令だ。
 なのに、しもべのはずの彼はまたもやその声を無視してのけた。縁だけでなく、指を大きく広げて晒した内側までも舐めしゃぶっていく。
 わざと音をたてるのは、こちらの羞恥心を煽るためだ。解っているのに、躰は勝手に高ぶっていく。

「あ……あぁっっ…………あ……んっ!」

 声を噛み殺せない。防音結界がなければ誰か飛んでくること確実な声が響き渡る。
 さっき達したばかりなのに、欲望が頭をもたげてくるのが解った。

「……やだ…や…………い……やぁ…………っ!」

 感じたくない。
 なのに、後ろの刺激だけで欲望はどんどん大きくなっていくのだ。

「や…やだっ…………」
「嘘つけ」

 冷静な声が響く。同時に息が吹き込まれて、躰がひくりと震えた。
 強い刺激に慣れた後孔が、より以上を求めてひくつき始める。

「…………あっ」
「欲しいんだろ?」
「違っ……!」
「違わない」

 笑いを含んだ声で呟いた後、ゆっくりと相手は身を起こした。
 闇の中、瞳が鈍く光っている。あやかしの目だ。欲望に正直な、そして相手にもそうすることを求める眼差し。

「動きが変わってるよ。指を美味しそうに食べてる。奥に誘い込んで、吸い付いて……しゃぶりつくしたいって動きになった」
「…………っ!」
「自分の指入れて確かめてみる?」

 その言葉に、慌てて首を振る。
 やると言ったら必ずやるのは昔からだ。こんな提案は最初にちゃんと蹴っておかないと、大変なことになる。
 そう思っての行動は、だが、良守に予想外の結果をもたらした。
 いきなり勢いよく首を振ったせいで、後孔に入れられていた指が予想外の場所を抉ったのだ。

「あんっ!」

 誰が聞いても嬌声と断じるだろう甘い声が洩れる。
 それを恥じて慌てて口を手で塞いだ良守に、相手は愛しげに目を細めた。

「挿れていい?」

 問いの形を取っているが、これはそうするぞという宣告のようなものだ。より以上の刺激を与え、そのことで良守が感じる悦楽を喰らうのだと。
 もうすっかり決めた目をしている。
 彼があやかしになる前は、この目から何を考えているかなど読み取れた例はなかった。墨を刷いたような瞳はその意思も感情も奥深くに沈めて、自分の前でそれを浮かび上がらせることなど決してなかったのだ。
 それが嬉しいような、悲しいような……複雑な感情のまま、良守は叫んだ。

「ダメ……だ!」
「ふ〜ん」

 呟いて、彼がニヤリと笑う。
 その表情に顔を引きつらせて逃げようとした良守だったが、完全に押さえ込まれている状態でそんなことが可能はなずもない。

「もっと焦らして欲しいんだ? いろんなとこ舐められたり噛まれたりしてから、挿れてほしいのか」
「違う!」
「欲張りだなぁ、良守は」
「ちが…………ひっ!」

 否定しようとした言葉が掠れて途切れる。
 乳首をぺろりと舐められたのだ。

「ああでも、こんなに尖って触られるの待ってたのに無視した俺が悪いのかな?」
「…………っ!」

 舐められ、息を吹きかけられ、歯で軽く噛まれる。
 もう片方の乳首は、擦られ、抓まれ、押しつぶされた。
 当然、後孔に埋められた指も複雑な動きで良守に快感を与え続けている。

「あ……ああっ…………んっ……あっ……」

 声を抑えられない。
 自分で聞いても気持ちよさそうな声が、ひっきりなしに洩れ出てしまう。
 足が勝手に開いて、相手の躰に絡みつく。腰は内を刺激する動きに合わせて勝手に蠢き、欲望を相手の躰にすりつけようと何度もバウンドを繰り返した。腕も、いつの間にか自分の胸に顔を埋めている頭を抱え込んでいる。

「良守」

 抱え込んだ腕の下で誘惑するような声が響き、同時に後孔から指が引き抜かれた。
 不意に刺激を失ったその場所に強烈な疼きが走る。
 我慢できない…………そう思ったところに、熱いものが押しつけられる。が、それは無理に押し入ってきたりはしなかった。入り口の辺りをなぞるように刺激するだけだ。

 最初に言われた。
 主人は良守。自分はしもべなのだと。
 だから、命じられないと自分は何もできない、と。
 それが本当かどうかは疑わしい。彼は自分の言葉をあっさりと無視するし、自分が指示する以外のことも山ほどしている。
 だけど、今は違う。自分がしてほしいことを言わなければ、彼は何もしてくれないのだ。

「あに……きっ! 挿れ…………っ!」

 言葉が終わるより先に、一気に押し入られた。

「…………あぁっっっ!」

 その刺激で、欲望がはじけ飛ぶ。
 目の前が真っ白になるほどの絶頂感に、良守はスッと自分の意識が遠のいていくのを感じた。
07'08.31.初稿