聖夜の贈り物(1)
「頭領、困ったことが」

 そう口にした刃鳥の顔はいつも通りの冷静なもので、カケラも緊迫感がない。が、続けられた言葉はとんでもないものだった。

「子どもたちが、サンタクロース捕獲計画を練っています」
「…………なんだって?」

 あまりにも予想外の内容が信じられずに間抜けな声で問い返した正守に、刃鳥が淡々とした口調で答える。

「サンタクロースの捕獲作戦です」
「…………なんでそんな話に?」
「『どうして自分たちのところにはサンタクロースが来ないの?』という疑問がきっかけになったようですね」

 その答えに、正守は何とも表現しがたい顔で腕を組んだ。
 異能ゆえに疎まれた子どもたちは、実家にいた時もクリスマスの祝いなどしてもらってはいなかったのだろう。その上、夜行では日本の伝統行事はマメにやっても、洋風行事はおろそかにしがちだ。

「そうか……まずったな」
「それに関しては今更です。今年から始めても、いささかわざとらしいでしょう」
「確かにな……で、誰かにサンタクロース役をさせて子どもたちを納得させろという話なのか?」

 まさか、自分にあの赤い服と帽子、付けひげを付けさせるつもりじゃないだろうな。
 そう思いながら尋ねた正守に、刃鳥は変わらぬ表情に僅かばかりの緊張感を湛えて答える。

「それで済むような話でしたら、私が処理しました」

 そのただならぬ口調に、正守が姿勢を正す。

「……いったいどういう話になってるんだ?」
「ですから、サンタクロースの捕獲をするつもりなんです。烏森で」
「烏森? なんで、そんなことに?」
「弟さんが、毎年12月24日の夜にサンタクロースが烏森に来るとおっしゃったからだと」
「良守が? どうやって子どもたちにそんな話を?」

 烏森から離れられない良守と、この場所で暮らしている子どもたち。両者の接点が解らずに首を傾げた正守に、刃鳥は当然のことのように告げた。

「亜斗羅が仲立ちをしたのだと思います。彼女は良守くんと頻繁に会っていますし、子どもたちの相手もマメにしていますから。当日の子どもたちの送り迎えも、彼女がすると言っていますし」
「頻繁に会ってる? いったい何のために?」

 驚いたように問い返した正守を、刃鳥が「知らなかったのか?」と言いたげな顔で見遣る。

「月命日に限の墓前に供する菓子を良守くんが焼いているので、それを受け取るために会っていると聞いています」
「…………そうか」

 考えてみれば、亜斗羅と良守の接点など限以外にはありえない。
 少し考えれば解ることなのに、どうも今日はぼんやりしているようだ。やはり、最初の「サンタクロース捕獲」が効いているのだろうか。
 などと考えていたところに、刃鳥が尋ねてくる。

「良守くんが毎年会っているというサンタクロースに心当たりはおありですか?」

 その問いに、正守は考え込んだ。
 問われるまでは父の仮装かもしれないと思っていたのだが、いくらなんでも良守はもう十四歳だ。その程度のことは見抜けるだろう。
 普通の人間である父に、いくら良守だって異能を持つ子供をけしかけるとも思えないし、何よりその可能性がありそうだと思ったら、亜斗羅が頷くまい。
 だが、良守の近くにいる他の異能者は、祖父と隣の時子婆…………絶対にありえない。

「…………ないな」
「となると、人外のものである可能性も考えておきませんと」

 その言葉に、正守の眉間に皺が寄った。
 正統継承者が烏森に毎年やってくる得体のしれない相手を放置するなど、普通だったら考えられないことだ。が、なにせ相手は良守。特に害はないと見逃している可能性は高い。
 だが、良守にとって害はなくとも、他の人間に無害とは限らない。
 人外の者は好き嫌いが激しい。良守のことは気に入って親しくしているとしても、子どもたちに襲い掛かる可能性は皆無ではないのだ。

「計画を中止させるのは難しいだろうなぁ」
「できないとは言いませんが……」

 そう呟き、少し考えた後で刃鳥は続けた。

「ですが、中止させるのが良いとは思えません」
「どういう理由で?」
「ここにいる限り、あの子たちがいつ何時どんなことに巻き込まれるのかは解りません。それが致命的なものだと解っているのならばいざしらず、あらかじめ総ての危険を取り除くという行為は、無益かつ彼等にとっても良いこととは思えないからです」

 きっぱりと言い切られた言葉は、残酷なようだが正しい。
 異能を持って生まれ、実行部隊である夜行に引き取られてしまったからには、彼等は平穏な生涯など望んでも得られない。そうと解っているのに、可哀想だからと危険を遠ざけてばかりいたら、最終的にもっと哀れな運命に陥れてしまうことになってしまうかもしれないのだ。

「……確かにね」
「でも、総てを亜斗羅だけに任せるのは不安ですから、誰か人を出すべきだと」

 刃鳥の言葉に一つ溜息をつき、正守が呟く。

「俺が行くよ」
「頭領……」
「いざという時、俺の言葉ならすぐに子どもたちも従うだろうし、何かあった時のために、戦闘能力が高い人間の方がいい。第一、烏森は墨村と雪村の管理下にある土地だ」

 そこまで言った後で、正守が僅かに口元を緩める。

「刃鳥だって、その話をしたら俺が出向くと言い出すと解ってたろ?」
「……はい」
「念のため、25日以降の仕事も誰かに割り振っておいて」
「了解いたしました」
「まあ、気の良い浮遊霊という可能性もあるんだけどね」

 苦笑しながら呟いた正守に「そうだったら良いですね」と答えた刃鳥の顔には、珍しくも本気でそう思っていることが露わに出ている。
 その点に於いては、正守も同意見だった。
 なにも、無理矢理に子どもたちを危機的状況に陥れたいわけではない。彼等がこの初の冒険を楽しく、納得できるものにしてくれた方がいいに決まっているのだ。

 それにしても、と正守は思う。
 毎年得体の知れない相手を烏森に立ち入らせているとは、良守にはいったいいつになったら正統継承者としての自覚が芽生えるのか。

 仕方のないヤツだ…………。

 そう思う心の奥底に得体の知れない感情が潜んでいることを薄々感じながらも、ここ数年そうやってきたように正守はそれを押しつぶし、見ないふりをしたのだった。
2007年クリスマススペシャル