着物 |
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怪我をした。 足首を軽く捻っただけだったのだが、主の怪我はその瞬間に解ると言っていた兄がすぐさま現れ…………そのままほとんど拉致の勢いで夜行の本拠地に連れてこられた。 どうやら、兄の目には自分はよほど疲れて見えたらしい。 確かにいつもなら、足下がふらついたとしても捻挫するなんてことがあるはずもなく、原因が、最近の猛暑で寝不足になっているせいだということは否めない。 でも、自分には務めがある。 信じられないくらい涼しくて過ごしやすいここにいたいのは山々だが、明日の晩にはまた烏森に行かなければならないのだから、戻らなければ。 そう言ったのだが、時間になったら送ってやるから大丈夫だからとあっさりと告げられてしまった。 もちろん、それに頷くわけにもいかず、烏森から遠く離れるとあやかしの侵入が感知できなくなる。それはまずい。と言ったのだが、感知用の結界を張るし、夜行のメンバーもいるからすぐに知らせは入ると一蹴された。 その時点で口論する気力がなくなってしまったということは、自分で思っていた以上にバテていたのだろう。 とりあえず寝ろと言われて、そのまま用意された布団に潜り込み…………目覚めた時には既に、学校が始まるまでここに滞在することになっていたのだ。 いったい何をどんなふうに説明したのかは不明ながら、自分が寝ている間に兄は父さんを説得してしまったらしい。 父はそうと決めたことを決して揺るがさない人だ。 墨村家の意思決定を下しているのは祖父だが、その祖父でも父が一度決めたことを翻すことはできない。たぶん母にだって無理だろう。 もちろん、自分が無理して戻ったならば追い返しはしないだろうが、延々と心配させることは間違いない。これでもう一度怪我でもすれば、泣かれるおそれがある。 ここまでお膳立てされてしまえば、戻ると言い張るのも馬鹿馬鹿しくなるというもので。 滞在に同意し、用意された遅い朝食兼昼食を一緒にとったわけなのだが。 もしかして、その後で…………と思っていたにもかかわらず、兄は何やら夜行のほうの仕事があると言って母屋の方に行ってしまった。 実は、会ったこと自体凄く久しぶりだった上に自分が怪我をしたせいで烏森までの往復を跳ばせてしまったことや、寝ている間に捻挫を治してもらったことで、兄がエネルギーが足りないと言い出すとちょっと覚悟していたのだ。 にもかかわらず兄は行ってしまい、何となく拍子抜けした気分のまま、兄以外は誰も入ってこないという離れに良守は一人取り残されてしまったわけで。 半ばその気になっていたこともあって昼寝をする気にもなれず、気を紛らわせようと建物内を探検していたのだが…………。 「な、何だよ、これ!」 悲鳴みたいな声になってしまったのは仕方ないと思う。 外れの方にある一室から異様な気配を感じておそるおそる襖を開けてみたら、その部屋のありとあらゆるところから凄まじいほどの妖気が立ち上っていたのだ。 ほとんど条件反射でその部屋を囲み、「滅」と言う寸前に後ろから手と口を抑えられた。 「…………っ!」 「おまえは、なんで一番マズイところを開けるんだろうねぇ」 「兄貴! 何だよ、ここ!」 いくら兄があやかしだとしても、夜行の本部にこんな妖気に満ちた場所があるなんておかしすぎる。 そう思いながら叫ぶと、しれっとした顔で兄が答えた。 「術具に加工する前のあやかしを保管しておく部屋」 「…………は?」 「術具は普通は法力を封じ込めたものを言うが、中にはあやかしの力を利用したものもあるんだよ」 そう言った正守は、「解」の一言で良守の結界を解いて部屋の中に入り、中から布のようなものを一枚取って出て来た。 「封印はあんまり得意分野じゃないんだけどね。夜行のメンバーの命綱になる道具を作るためだからさ。ほら」 差し出されたのは、着物だった。 地模様だけならば兄が好みそうな渋い色合いのそれには、縦横無尽に蜘蛛の巣が描かれている。 どうやら、蜘蛛のあやかしを封じ込めているらしい。 確かに単品で見せられれば、さほどの妖気は感じない。どうやら、部屋の中にこれと同じようなものが大量にあるせいで、凄いことになっていたようだ。 「こんなもの、異能者とはいえ人間が暮らしてる場所に保管しとくわけにもいかないだろ? だから、こっちにしまってあるんだ」 その説明に納得し、頷いた後で尋ねる。 「……でも、なんで着物?」 「自分が使っているものの方が封じやすいんだ。その上で、軽くて、持ち運びしやすくて比較的丈夫なもの、それなりに数あるものと考えたら、着物が一番手っ取り早くてさ」 「へぇ」 呟いて、その着物にそっと触ってみる。 普通の布より少しひんやりした感触があるのは、あやかしを封じているからだろうか。 そう思ったところに、「縛」と兄の声が響いた。 「…………なっ!」 一瞬で、着物が体にまといつく。 手も足も完全に拘束されていて、身動き一つできない。かろうじて動くのは、首から上だけだ。 「まあ、こんなふうに使う」 「解ったから……離せよ!」 「ん〜〜。どうしようかなぁ?」 そう呟いている兄の目が危険な光を放ちだしたのを見て、良守は慌てて首を振った。 「止めろって、兄貴! こんなことする必要ないだろ!」 「確かに必要はないねぇ」 言葉と同時に、軽く手を振られる。 次の瞬間、絡みついている着物以外の総ての服が足下に落ちた。 「…………っ!」 「やっぱり着物姿はそそるな」 「この……変態!」 「否定はしない」 にこやかに微笑みつつそう言って、兄はクイッと手を動かした。 それに応えるように、勝手に足が動き出す。 辿り着いたのは、数時間前まで自分が寝ていた部屋だった。 吊りっぱなしの蚊帳をくぐる兄の後に続き、いつもだったら絶対にそんなポーズを取ったりしないと断言できるしどけない姿で布団の上に座った自分自身に、良守は憤死しそうになる。 「こんなことして……何が楽しいんだよ!」 「いつも絶対にしてくれないことをしてもらえる」 「エロ兄貴っ!」 「それも否定しない。足を開いて」 言われると同時に、勝手に足が開いた。 と言っても、見えるか見えないかギリギリという感じに着物が体を覆っている。 「う〜ん。やっぱりいい感じだなぁ」 その言葉と共に、チューブを差し出される。 必死で抵抗しても無駄だった。手は勝手にそれを受け取り、中身を掌に出して温め、後ろへと塗りつけていく。 そのまま奥に自分の指が入り込んできた時には泣きたくなった。 「兄貴……これ、やだ…………」 「馴らさないと痛い思いをするのはおまえだぞ?」 そういう意味で言ってんじゃないことは解ってるはずなのに、酷すぎる。 そう思っているのに、久しぶりにそこが拓かれる感触と兄の視線とに煽られて、勝手に体は昂ぶっていく。 兄の指より太さも長さも足りない指でそこを解すもどかしい快感と、触れてもいない欲望が勃ち上がっていく羞恥に耐えていると、声が掛けられた。 「良守、おいで」 甘い声だ。 滴るほどの誘惑が湛えられたそれに応えるように起き上がったのは、着物のせいなのか、自分の意思なのか。 傍らにあぐらをかいて座っていた兄にしがみつくようにして抱きつき、そのままゆっくりと腰を落としていく。 「…………んっ!」 自分の指でさんざんに嬲られたそこは、容易く兄を受け入れた。 その刺激だけで達しそうになったものの、自分の指で馴らしたためなのか久しぶりなせいか軋むような違和感が残っていて、最後の関が越えられない。 その中途半端な快感と未だ残る違和感に耐えているところに、声を掛けられた。 「大丈夫か?」 「……もうちょっと」 言った後で気付く。 この着物を纏っているかぎり、自分が嫌だと言っても兄は好き勝手できるということに。 思わず身を強ばらせた良守に、兄が苦笑したのが解った。 「それを脱ぎたいか?」 その質問に当たり前だろうというように頷くと、兄は僅かに笑って「離れろ」と呟いた。とたんに、着物がはらりと床に落ちる。 それを見下ろしてホッとしたところに、声を掛けられた。 「そろそろ動いて」 「…………え?」 「そのままじゃ辛いだろ?」 それは確かにそうだが、いつもだったら兄が総てしてくれるのに…………そう思ったところで思い出した。兄の「いつも絶対にしてくれないことをしてもらえる」という言葉を。 「あんなこと……させたいと思ってたのかよ?」 「ん〜〜。基本的にはいろいろするのが好きなんだけどね。でも、時々はさ」 爽やかな笑顔で言うことか! そうは思ったが、この状態では拒むこともできない。このやりとりの間に兄の存在に馴染んだ内壁が、より以上の刺激を求めて疼いている。 ここまできて、あっさりとあの着物を脱がせてくれた兄の意図に気付く。 着物にさせられているという言い訳をさせないためだったのだ。 「……くそっ!」 半ば自棄になって腰を引いた。 とたんに背筋に痺れるほどの快感が走り、勝手に膝から力が抜ける。しまったと思う間もなく腰が落ちて、一気により深くまでを兄の欲望で拓かれた。 「あぁっっっ!」 急な刺激に押しとどめることもできずに欲望を放ち、内に兄を含んだまま達する久しぶりの快感に、意識が白く灼けていくのを感じる。 「大丈夫か?」 しばらく、何を尋ねられているのか解らなかった。 ぼんやりと兄を見つめていると、頬を軽く叩かれる。 「兄貴?」 呟いた後で、正気に戻った。 慌てて離れようとした動きで内壁を刺激されて、思わず息を呑む。 「捕まってろ」 「…………え?」 「そろそろ俺も限界だ。してもらうのは、また後でな」 また後って、いったい何回するつもりだ……そう思ったが、言葉にするより先に兄にしがみついていなくては耐えられないような刺激に襲われる。 「…………っ!」 声が抑えられない。 抑えたら、たぶん気が狂う。 「……良守」 興奮しているのは自分だけじゃないことは、兄の目を見て解った。 強い妖気を湛えた赤光色。 良守をより以上に興奮させるその色は、だが、床にうち捨てられた着物に宿るあやかしにとっては耐え難いものだったらしい。兄から逃れるように蠢いていた着物から、一瞬で蜘蛛の巣の柄が消滅した。 「あに……き…………」 それを告げようとした良守に、兄が囁く。 「気にしなくていい」 「ん…………」 その言葉に安心したとたんに、快感に呑み込まれる。 押し寄せる悦楽に溺れるその中で、「蜘蛛よりも俺の方がタチが悪いよ」と囁く兄の声が聞こえたような気がした。 |
08'09.01.初稿 |