スイーツマニア
「俺、昔はそんなに甘いもの好きじゃなかったんだよね」
「…………」
「それがさぁ、家を出てからよく食べるようになってさ」
「…………」
「最初は、ストレスのせいかなって思ってたんだよ。ほら、自分で決めたこととはいえ、今のおまえとそう変わらない年で、一人も知り合い一人がいない場所に行ったしね」
「…………」
「でも、妙なことにさ。向こうにいる時は和菓子ばっかりなんだけど、家に近づくに従って、洋菓子っぽいものが食べたくなるんだよね。クリームソーダとか、パフェとか」
「…………」
「何でかなぁと思ったんだけど…………」
「……クソ兄貴っ! こんな時に、余裕かましてんじゃねぇっっっ!」

 とうとう我慢できなくなったのか、良守が叫んだ。
 噛みしめていた唇を開いてくれたのは嬉しいが、叫ぶのは止めてほしかったというのが正直なところだ。防音結界を張っているから外に聞こえることはないが、腹圧が掛かって締め付けられたせいで…………。

「っ! で……でかくしてんじゃねぇよ!」
「おまえねぇ……」

 苦笑混じりに呟いて、正守はゆっくりと身を倒した。

「お、おい…………」

 良守の顔に、焦りの色が浮かぶ。
 それを間近で楽しく鑑賞しながら、正守はうそぶいた。

「マジでやったらおまえが保たないと思ってわざと気を散らしていたのに…………俺を本気にさせたね?」
「げっ!」

 顔を引きつらせ、逃げようともがきはじめた良守をあっさりと押さえつけ、正守が続ける。

「大丈夫。今晩のお勤めは俺が代わってやるから、安心して喰われちゃいなさい」
「冗談じゃねぇ! 安心なんてできるかぁっっっ!」

 わめく弟を抱きしめ、甘い体臭を深く吸い込む。
 ケーキ作りを趣味にしているせいか、良守の体にはバニラやチョコレートの匂いが染みついている。
 と言っても、良守から甘い香りする理由はそれだけではないはずだ。まだ菓子作りをしていなかった幼い頃でさえ、正守には彼の香りが甘く感じられたのだから。

「離せっ! 離せって……ば……あっ…………」

 食べれば食べるほど甘みの増す不思議なスイーツ。
 つい最近、ようやく口にすることを許された世界で一番美味なスイーツを堪能しながら、正守は満足気な笑みを浮かべていた。
07'08.01.初稿